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第63号 不定期通信『②代目の独り言』

◆なかなかできないこと◆

第63号:2024.冬

 気をつけようと思っていても、なかなか実践できないことがあります。そのひとつが“ 言っても仕方のないことは口にしない ”ことです。

 

 以前は自分が何を言っても呟いても、気にもしていなかったというか、意識していなかったのですが、ある本を読んで、自分が愚痴や不満を口にしていることが多いことに気づかされました。

カッコよく生きたいと思っているミーハーな私にとっては、どう考えてもこれはカッコ悪いことですから気をつけています。

 言ってしまってから「しまったぁ また文句を言ってしまった。言ったところでどうにもならないのに…」と気づけるのが少しは早くなってきました。

口に出してしまう一歩手前で、言いそうになっている自分に気づけるときも増えてはきましたが、それでも言わずにいられない衝動を抑えるのには、強い意志が必要なことも分かりました。

 

 そこで、自分はどんなときに、言っても仕方のないことを口にしてしまうのか注意してみました。

 

 まず気が付いたのは、五感で捉えられるシンプルなものや、シンプルとは言えないかもしれませんが、体の状態に関連するものが、わりとあることでした。

「暑いなぁ ホンマにもう…」「さっさとエアコン効けよな」「うるさいなぁ 何の音?」・・・これらは独り言というか呟きみたいなものなのですが、やはり言っても仕方のないことです。

「しんどいなぁ やる気が出ぇへん」「頭痛がする かなわんなぁ」「疲れたなぁもう」・・・こちらは傍にいる誰かに聞いてほしい・何か言ってほしい・気づいてほしいというような意図があることに気づかされますが、聞いてもらっても状況が改善されるわけではなく、口にしても仕方がありません。一人だったら思考だけで止めるのですが、言わずにいられない衝動は強力です。聞かされた方は相槌を打ったり、慰めたり、アドバイスをするかもしれませんが、あまり頻繁だと嫌気がさしてくるはずです。

 

 自分がおかれている状況に愚痴をこぼすこともあります。

「いらいらするなぁ もう」「ほんまに忙しい」「面倒くさいなあ」・・・これらも言っても仕方のないことです。ひどくなると周囲に当たり散らして嫌われてしまいます。

 

誰かの行動に対して文句を言ってしまうことも少なくありません。私の場合、運転中によくあります。こんな具合です。

「右折するんだったら もっと中央線に寄ってくれたら 後がつかえないのに、分かってないなぁ」「こんな所でなにをトロトロ走っているんだろう イライラするなぁもう 免許持っているんかな」」

 これを聞かされる同乗者の妻には“あんたにイライラするわ”と言われてしまいますが、ごもっともです。自分のペースで動けない、自分が正しくて相手が悪いという心理的な背景があります。やはり言っても仕方のないことです。

 

では、なぜ言ってしまうのでしょうか。以下は愛読書からの引用です。

 

「なんて憂鬱な日なんだ」

「あいつは、電話を折り返すくらいの礼儀も持ち合わせていないのか」

「彼女には、まったくガッカリさせられるよ」

 

 わたしたちは、自分にも、他人にも、ちょっとした「わたし(・・・)の物語」を話すものですが、これは往々にして「苦情」の形をとることが多いものです。この習慣は、他人や物事を「悪者」にし、自分を「正しい人」扱いすることによって・・・(中略)「正しい人」になることによって、自分が優越なポジションにいるような錯覚におちいり、偽の自己であるエゴを増大させているのです。      ※注 この文脈では  わたし(・・・) = エゴ の意(②代目)

 

 すっかり習慣化した思考によるレッテル貼りと、かたくなな感情によって、わたしたちは、他人と人生の出来事に対して独自のリアクションをする関係を築いています。これは、本人は無意識で行っているものの、すべて自分でつくりだした苦しみの一種です。

わたし(・・・)の物語」がなかったら人生は、どんなにシンプルになることでしょう。

 

「今日は雨だ」

「彼は、電話を折り返さなかった」

「彼女は、待ち合わせの場所に現れなかった」

 

 苦しみは、状況に対して、頭のなかで「好ましくない」「不愉快」などなんらかのレッテルを貼ると同時に作動します。あなたは状況に抵抗し、その抵抗が状況を「個人的(・・・)なもの」にしてしまい、リアクションする「わたし(・・・)」の登場とあいなるわけです。

 

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。