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第4号 不定期通信『②代目の独り言』

● あ・げ・ま・す ●                
                                                                                                                                                                                                                                                                                                   第4号:2009.春

   

 30過ぎの頃、青年会議所(JC)の会員だった私は、ちょっと大きな例会の運営を担当し、ある出版社の社長を招いて、基調講演をしていただきました。「幸せの人間学」というテーマの講演のなかで、作家の瀬戸内 寂聴さんのエピソードが最初に紹介されました。

 それは、ある人が寂聴さんを訪問したときの話でした。プレゼントとして、身につける小物を差し上げたとき、寂聴さんは、

「まあ、うれしい。ありがとう。中身を見せてもらってもいいですか。」とおっしゃられると、その場ですぐに包みをあけて、

「素敵! 私に似合うかしら。」と、ご自身でつけてみて、居合わせた人達の前で、まるで子どものように喜ばれたそうです。

 プレゼントを差し上げた方も、受け取ってもらってすぐに、そんなふうに喜んでもらえるとは思っていなかったので、たいそう感激したとのことでした。

 このエピソードを通じて、人と人との関係は、“心のキャッチボール”のようなもの、という内容で講演は続きました。

 

その後、数年経って、私がこの“心のキャッチボール”を実感し、学ぶことができたのは、長女の りさ からでした。彼女は5歳、絵を描くのが大好きな女の子でした。幼稚園から店に帰ってくると、カウンターショーケースの上に置いてある、メモ用紙とペン皿の筆記用具を使って、いつも何か描いていました。

 

ある日、りさ がニコニコして言いました。

「お父さん、この絵を欲しいっていうお客さんがいたら、あげてね。」

薄い水色のメモ用紙に、すまし顔でバレエを踊っている 2・3人の少女が、ボールペンで描かれていました。子どもの絵らしく、体のパーツや並んでいる少女の大きさがアンバランスでしたが、非常にシンプルな線だけで描かれた少女の表情に、5歳の女の子の、平和な夢のような世界を感じました。上手に描こうというような意図が感じられず、名前は忘れましたが、ある画家の晩年の作品で、子どもが描いたような絵に似ている気がしました。

全部で3枚のメモ用紙に描かれた絵・・・・。

よく見ると、下の方に覚えたばかりのひらがなで「あ げ ま す」と書いてありました。

 

次の日、帰ってくると「お父さん、誰か りさ の絵、もらってくれた?」と尋ねられましたが、もちろんそのままでした。

裏面へ

 その次の日も「今日は誰かもらってくれた?」と聞かれ、ちょっと可哀相になりました。娘にウソはつきたくなかったし、なぜかその絵に魅力を感じ、手元に置いておきたくなった私は、何かいい方法はないか考えました。

 

 3日目、りさ が帰ってきました。

「りさ、来てごらん。りさ の絵、誰かにあげてしまったら他の人が見られないから、みんなに見てもらえるように、ここに飾ったよ。」

 [かなやま りさ 5歳]と小さなラベルを作って貼りました。安物でしたが、写真立てのフレームにおさまった自分の絵を見て、彼女はにっこりしました。

 

 幼い頃から、彼女は、自分が何かもらったときでも、とてもうれしそうに喜びます。私が出張のときに買ってきたちょっとした文房具でも、学校から帰ってきたときに、母が用意してくれたおやつでも、本当にうれしそうです。素直に喜んでくれると、こちらも何か与えられたような気がし、また喜ばせたくなります。彼女は、自分が与えるときも受け取るときも、生まれつき“心のキャッチボール”が自然にできるようで、誰にでも好かれています。

 

 どんな関係も、一種のギヴ・アンド・テイク(与え受け取ること)だと思います。意識すればするほど、与えることが受け取ることを生み出し、受けとることが与えることを生み出すのを感じます。

 人に喜んでもらえるようなことをすれば、喜びが返ってきます。人に憎まれるようなことをすれば、怒りや悲しみが返ってきます。それは瞬時に返ってくることもあれば、回りまわって返ってくるときもあります。

また、喜んで受け取ることができれば、それが喜びを返すことにもなって、ますます豊かに受け取る機会が増えます。与えられたものに文句ばかり言っていれば、不満しか伝わらず、豊かになることはむつかしいでしょう。

実に単純なことですが、それは個人でも、企業でも、国家でも、同じではないでしょうか。大きな視点で見れば、与えることと受け取ることは、ひとつの関係の、ふたつの側面であって、結局は同じことであると思います。

 

モノが豊かになって、あふれるほどの情報に囲まれ、どんどん便利になっているのに、私たちはなぜかケチになってしまい、受け取ることも下手になってしまった気がします。

 柔らかい日差しや鳥の声、美しい花や月夜の静寂など、自然の贈り物を受け取れる感受性を育み、まったくお金をかけなくても、出会う人に、思いやり、祈り、微笑みといった沈黙の贈り物を贈ることができれば、与え与えられ、本当に豊かでいられるのではないでしょうか。

 

 最後まで読んでくださりありがとうございました。