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第66号 不定期通信『②代目の独り言』

◆「謙虚さ」と「自己肯定」◆

第66号:2024.秋

私の場合、物事が順調に運んでいい方向に進んでいるときには、つい図に乗ったり調子に乗ったりしてしまいます。しゃべり方も自信に満ちて、ちょっと傲慢になっているかもしれません。

 そんなときには、必ずといっていいくらいに良くないことが起こって凹まされ、謙虚にならざるを得なくなります。口を慎み、意識しておとなしく過ごそうと気をつけます。

 でもまた凹まされることが起こるまで、いつの間にか謙虚さを失ってしまう。どうして繰り返してしまうのでしょうか・・・。

 

 分かっているのは、順調なときには気分がいいということです。その気分のよさのまま人に接したい・・・それ自体は純粋な思いで、自慢にならないように気を付ければ、悪いことではないと思うのです。謙虚でいることと、そのあたりが反している気がしてモヤモヤしていました。

 

「謙虚さ」について、前回ご紹介した 小林 正観さんが 話していたことに、なるほどと納得がいき、実践できそうなので試しています。

 

はっきりとは覚えていませんが、謙虚というのは、控えめにするとか、多くを語らないとか、低姿勢であるとかということではなくて、うまくいっていると思われることについて、オレ(自分)がやった・やりとげた、オレ(自分)のおかげだというような勘違いをしないことらしいです。

 

 詳しくは記しませんが、自分一人でやり遂げられるものなど何一つないという気づきが「謙虚さ」に繋がるようです。おかげさまでという思いがあれば、言葉や態度が自然と適切なものになりそうです。

 すごい話を聞かせてもらっても全然自慢話に聞こえない人がいるのは、そういう訳かもしれません。

 

 おかげさまでという「感謝」を持って表せば、充実感や、いま幸せを感じていることを表現するのは自然なことになり、私がモヤモヤしていた「自己肯定感」と「謙虚さ」は反するものではなくなります。

 インスタグラムやフェイスブックなどのSNSには、投稿した人が幸せを感じていることが伝わってくるものがたくさん見受けられます。うんざりする事ばかりが目立っているニュース番組を見るよりも、ペットや花や風景、ごちそうなど、平和で穏やかな投稿を眺めているほうがやさしい気持ちになれます。

 みんなそれぞれに他人には見えない悩みや問題を抱えて一生懸命に生きていながらも、ささやかに感じている幸せを投稿しているのでしょう。

 私も日常でちょっとした幸せを感じたときに、画像をつけて投稿しています。愛犬レンと早朝に散歩しているときに見つけた花や、おいしい料理をいただいてプチ贅沢をしている様子などを投稿しています。見てくれた友人から反応があると、やはりうれしくて「自己肯定感」を覚えます。

 

 「おかげさまで」という気持ち、「ありがとう」という言葉、そして「感謝」を伝えることには、幸せを感じさせてくれることがますます増えていくという、素晴らしいパワーがあるようです。

 

引き寄せの法則『ザ・シークレット』の著者ロンダ・バーンは言っています。

「宇宙のすべてが磁石であり、あなたの思考や感情も含めて、すべてのものが周波数を持っています」

 

アメリカの心理学者のダイアー博士は、著書の中でこう書いています。

「人は “ほしいもの” を引き寄せるのではなく “自分と同じもの” を引き寄せる」

 

「幸せな周波数」が「幸せな現実」を引き寄せるということです。「おかげさまで」という気持ち、「ありがとう」という言葉、そして「感謝」を持って伝えていると、同じように伝えたくなるような状況がまた起こるらしいのです。昔の人が「言葉には魂がある」といって「言霊」と呼んだことに通じるものを感じます。

 

 無意識に暮らしていると、そういう気持ちになれる状況が少ないものです。第64号で記したことが役に立つかもしれません。

 

 目的を持って幸せを外側(未来)に「築く」成功だけではなくて、当たり前の日常を丁寧に味わうことから生まれる、内側(いま)にある幸せに「気づく」幸福、それを感じる心を育てることで、自然と「おかげさまで」「ありがとう」「感謝」を伝える機会が増えていく気がします。そんな機会がますます増えていけば、目立たなくてもずっと幸せでいることができるのだろうなあと思って実践しています。ご一緒にいかがですか。

 

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。