第9号 不定期通信『②代目の独り言』
● 幸 せ ●
第9号:2010.夏
その日、長女の りさ は、珍しくご機嫌斜めでした。
中学2年の彼女は、連日、ソフトテニス部の早朝練習のあと、6時間授業を受け、放課後もクラブ活動をこなし、その日はあわてて帰宅して夕食をすませ、それから晩の10時までの3時間、塾の授業を受けるために、私が車で送っていくところでした。翌日は土曜日だというのに試合があって、大神子のテニスセンターまで、朝早くから出かけなくてはならないらしく、助手席を大きく倒した彼女は、もううんざりといった様子でした。
「あしたの試合が終わったらちょっとゆっくりできるんじゃない?」 そう尋ねた私に、
「全然! 日曜日は授業参観だし、月曜日は振り替えで休みだけれど、火曜日から2日間はテストがあるし・・・」
「そうかぁ、そりゃたいへんだなぁ」 しばらく沈黙になった後、私は明るい話題に替えました。
「お父さんね、今日ちょっとうれしいことがあったんだ」
「何なに?」 興味を示したようで、心なしか声が少し元気になったように聞こえました。
「実はね、アンジェラ・アキのコンサートのチケットの予約が取れたんだ。弾き語りのコンサートで、武道館とアスティー徳島でしかやらなくて、一般のチケットの販売は来月なんだけど、皆がいっせいに注文するから、なかなか手に入らないと思ってたんだ。でもラジオで先行予約の案内があって、電話してみたらやっぱり話中だったけど、5回めくらいで繋がったんだ。ラッキーだったよ。 夏休みに家族で観に行けるよ!」
「ふうん、よかったね。すごく楽しみ。りさも今日学校でうれしいことがあったよ。」
「何?」
「体力測定があったんだけど、最近50メートル走のタイムが悪かったのに、今日は好タイムで、女子で4番だったよ。」
「りさは、小さいときから速かったもんなぁ」 少し機嫌が直ったところで、塾に着きました。
自分と比べて、最近の子どもはかわいそうだなぁとつくづく思うことがあります。私が長女ぐらいだった頃は、勉強して成績さえよければ、いい大学を出て、いい会社に就職できて、それである程度の幸せが保証されたような気がした時代でした。でも今は、そんな価値観は全く通用しなくなりました。ですから、ただ口うるさく勉強しろということに、私は意味を見出せません。せっかくがんばって大学を卒業しても、就職は厳しく、もし新卒で就職に失敗したら、それ以降は、好条件な就職はできないのが現実です。また運よく就職できたとしても、今の時代、どんな企業にも安定は期待できません。にもかかわらず、たいていの親は、早くから子どもが何かになることを期待し、まるで、それが子どもの幸せを願うことだと思っているかのようです。
現在という瞬間を「友人」にすれば幸せでいられるのに、もっと大事だと考える未来に連れていってくれる「手段」として接し、ひどくなると克服すべき「障害」に見えてきて、最後には「敵」として対応してしまう、これが先進国といわれるところの、ほとんどの私たち大人の毎日ではないでしょうか。そして子どもにもそんな生き方を押し付けてはいないでしょうか。小学生の低学年頃までは、ほとんどの子どもが目を輝かせて、今という瞬間をめいっぱい生きていたはずなのに、いつの間にか、今に在ない大人のような生き方を身につけてしまっている気がします。本当の幸せは、何かになることにあるのではなく、いつも自分らしくいられることだと思います。
どうか、私の大好きな物語を紹介させてください。
あるアメリカ人のビジネスマンが、メキシコの海岸沿いの小さな埠頭に立っていると、その時たった一人の漁師を乗せた小船が入ってきました。船の中には数匹の大きなマグロがありました。その時アメリカ人は、メキシコ人漁師が釣ってきた魚の見事さをほめ、それらを獲るのにどのくらい時間がかかったかと尋ねました。メキシコ人漁師は答えました。
「そんなにかからなかったよ」
「もっと沖に行って、もっと魚を獲ったらどうかね」
「今さし当たって、家族を支えるにはこれで十分なんだ」
「だが残った時間で何をするんだね」
「遅くまで寝て、ちょっと魚を獲って、子供らと遊んで、妻とシエスタをして、村に歩いて
行って毎晩ワインを飲んでは男友達とギターを弾くんだよ。私は充実した忙しい日々を送っ
ているんだよ、セニョール」
そのアメリカ人は軽蔑して言いました。
「私はハーバード大学の経営学の学位をもっているから、お前を助けてやろう。もっと漁に時間をかけることだ。そうしてその収入で、もっと大きな船を買いなさい。もっと大きな船から出た利潤で、何隻か船を買うことができる。そうすればゆくゆくは釣り船の船団をもつことができるだろう。そして獲物は仲買人に売るのではなく、直接加工場に売るんだ。そして、次に自分の缶詰工場を開く。お前は製品、加工、そして流通をコントロールする。そしたらこの海岸の漁村を出て、メキシコ・シティーに移る必要が出てくる。それからロサンゼルスに移り、将来的にはニューヨークに行って、自分の会社を経営するんだ」
「でもセニョール、それを全部やるにはどのくらいかかるんだい?」
「15年から20年かな」
「でもそれからどうなるんだい、セニョール」
そのアメリカ人は笑って言いました。
「一番いいことがやってくるんだよ。タイミングが来れば、株の公開をして、自分の会社の株を一般に売り、とても金持ちになれる。何百万ドルも儲けるんだ」
「何百万ドルもかい、セニョール。で、それからどうなるんだい」
「そうすればお前は、引退できる。そうしたら小さな海岸の漁村に移り住んで、朝寝をし、
ちょっとだけ漁をして、子供らと遊んで、妻とシエスタをし、夕方には村へぶらぶら歩いて
行き、ワインをすすっては、男友達とギターを弾くのさ」
最後まで読んでくださりありがとうございました。