Newsお知らせ

第56号 不定期通信『②代目の独り言』

● 小さな気づき ●             


                                                                                                                                                                                                                                                                                             第56号:2022.春 

 

ボンボン育ちの私は、30歳のとき青年会議所(JC)に入会して、地元で活躍している実業家の方に交じって活動する経験をさせていただきました。

 自分とあまり年齢の変わらないメンバーが、市長などの来賓を招いた互例会などで立派なスピーチをするのを見て驚き、かなり影響されました。

 自己啓発でリーダーシップを学ぶうちに、優れた経営者は「死生観」や「宇宙観」を持っている人が少なくないことに気づきました。人前やトークが苦手な私は、「どう行動するか・何をやるか」といった自己啓発よりも、「どう在るか」という精神世界を探求するほうが自分に合っている気がして、様々な本を読み漁った時期がありました。

 その頃から30年、倍の人生を過ごしました。今は仕事が忙しくて、新しい本を買ったり、図書館へ行ったりする時間がありませんが、行き詰ったときは何回も読み込んでいる蔵書を紐解いて、指針とすることがあります。

 

 JCは40歳で卒業ですが、現役で活動していた時、メンバーの父上や母上がお亡くなりになってお葬式に出席することがたびたびありました。ところが卒業してまもなく、一緒に活動していたメンバーその人が病気で亡くなってしまう経験をしたとき、もうこの歳になると人生で何が起こっても不思議ではないのだという、覚悟のようなものを感じた記憶があります。

 

 どんな人にも他人には分からない苦労があると思いますが、私自身その後の20年の間に、普通に過ごしていたら経験することがなかっただろうと思うようなつらいことが次々起きています。

 何の落ち度もないのに理不尽なトラブルに巻き込まれ、話にならない相手と裁判になったこともあります。

他人には見えない慢性的な症状に5・ 6年悩まされた経験も2回あります。ひとつは頸椎椎間板ヘルニアによるむち打ちのような症状、もうひとつはひどい耳鳴り、どちらも眠っているとき以外は逃れることができず、お金も時間も費やしてあらゆる方法を試みましたが、いつ治るのか出口が見えませんでした。仕事に集中できず鬱になってたくさんの薬やお酒に依存していました。

両親を亡くした喪失感も、長年一緒に仕事をしていたので大きいです。そしてまた新たな悩み事が起きています。

 ひとつクリアしてもまた何か起こる…。20年前に感じた覚悟の感覚も、何か起こるたびに動揺しています。何で自分がこんな目に…

 

 指針を求めて久しぶりに蔵書を読み返して気づくことがありました。

 

 お釈迦さまは、人生は「苦」だと見抜いていました。何ともストイックな視点ですが、お釈迦様のいうところの「苦」は、思い通りにならないという意味です。確かに一大事に感じることから些細なことまで、世の中や人生は思い通りにならないことばかりです。

 そこで気づいたのですが、私の場合何かにつけ、“○○でないといけない”とか“○○であるべきだ”という思考に、自分に対しても他人に対しても囚われすぎていました。

時間の使い方に関しても、いつまでに○○をやり遂げるとか片付けてしまうといった目標を、1年・1か月・1日・午前中・1時間といった様々な単位で無意識に設定しては、順調に運ばないとき、罪悪感が起きたりイライラしたりしていました。目安を立ててもうまくいかない場合もあるし、むしろその方が多いものだと割り切っていれば「苦」にはなりにくいはずです。

 期待通りに他人が動いてくれないときも、どんな人にも得手不得手があるのだから、得意なところをそれぞれに伸ばしていけばいいのだと思えたら、腹立たしさが和らぐかもしれません。

 自分の考え方が唯一のものではなくて、あぁ、□□もアリなのだ、と何に対しても思えるようになったら、思い通りにならないという思いも減るはずです。

 

 では、自分でコントロールできず、災難としか思えないような出来事にはどう対応すればいいのでしょうか。そんなことが起こってしまうことも思い通りにならないものなのだと、まずは心に留めておくことが大切な気がします。

 そもそもそんな出来事に意味はあるのかと問うてみたときに、わたしの経験から言えることがあります。私の場合、物事が順調に運んでいるときは調子にのったり図に乗ったりして、自慢したり周囲に文句を言ったりしてしまうことが多いのですが、ショックなことが起こって凹んでしまうと、謙虚にならざるを得なくなります。すると好調なときには見えていなかった、いろんなことに気づきます。人の優しさや当たり前のように思っていたことへのありがたさです。そして小さなことにも感謝する気持ちが溢れてきます。つらい経験がなかったら気づかなかったかもしれません。不幸にしか見えない出来事が、実は人生に深みを与えてくれている気がします。それは恩恵だと思うのです。

 

最後まで読んでくださりありがとうございました。

 私の伝えたいことを記しているメッセージのコピーを添付いたします